ゴールなんて見つからなくて当たり前

「ゴールが見つからない」
「自分が何をやりたいんだかわからない」
 
ってことで悩んでいる人は少なくありません。
 
 
さらには、
「やりたいことを見つけられない自分はダメだ」
 
みたいに考えてしまう人もいたりします。
 
 
いや、全然ダメじゃないです。
 
 
つーかね、やりたいことなんて見つからないのが当たり前なんですよ。
 
特に人の言うことを素直に聞いて長年生きてきた人なんかは。
 
 
だって、
「人の言うことは素直に聞きましょう」
「やりたくないことでも我慢してやりましょう」
「自分勝手にやりたいことをやってはいけません」
 
「誰かが決めた『やってもいい範囲内』でやりたいことをやりましょう」
 
って躾(しつ)けられて来たわけだから。
 
 
ゴールとして機能するのは
「心からやりたいこと」
 
「心からやりたいこと」っていうのは「止められても(怒られても)やりたいこと」
 
そりゃ「誰かが決めた『やってもいい範囲内』」で生きていれば「心からやりたいこと」なんて見つからないのが当たり前です。
 
 
で、多くの人は
「誰かが決めた『やってもいい範囲内』」で「みんなが欲しいと思い込んでいる何か」を最初にゴール設定をします。
 
別にこれでも自分の情動が動く限りはそれなりにゴールとして機能しますが、多くの場合はどこかで「あれっ?!」ってなります。
 
「これって本当に私が望んでいるものなのかな?」
 
 
そこで初めて「心からやりたいこと」を探す旅が始まるわけです。
 
 
「ゴールが見つからない」
「自分が何をやりたいんだかわからない」
 
って人は、すでにその段階にいるってこと。
 
 
だから、全然ダメじゃなくって、
「他人が作った願望」から卒業する段階が来ているという意味で進んでいる存在と言えます。
 
 
 
とはいえ、そういう段階であればこそゴール設定は深く考える必要はありません。
 
多少でも欲求が働く限り、それはゴールとしてそれなりには機能します。
 
なので、
「あれが欲しい」
「こんな存在になりたい」
 
みたいなのが浮かんだら、片っ端からゴールにしちゃえばOKです。
(アファメーションなりビジュアライゼーションなりやれば、それだけで無意識は変化に向かいます)
 
 
その上で、何よりも大切なことは、
「やりたいことだけをやる」
「やりたくないこと(have to)をやめる」
 
ってこと。
  
もちろん、自己責任でやることが大前提です。
(でなきゃ自己イメージなんて上がらないし)
 
 
これをやってるとね、段々と自分自身と人生に本気で向き合わざるを得なくなっていきます。
 
「誰かが決めた『やってもいい範囲内』」から逸脱した「心からやりたいこと」はそういった中で見つかるわけです。